小さな美のポケット 第27話「父のリアリズム」

2018.08.06 Monday 20:28
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    先月は掲載がお休みだったので、2ヶ月ぶりとなった「小さな美のポケット」(村上新聞連載)。

    今回は、第27話「父のリアリズム」。

    「写実」を作品制作の信条とした父に、ぼくが何を教えられ、どんな影響を受けたかについて記しました。


    自分の息子に対しては、ぼくは何も伝えてあげていないのではないか・・・と、何となくうしろめたい思いでいっぱいです。

     

    ************* 本文全文 **************

     

    第二十七話「父のリアリズム」

     

    ぼくは、結果的に父の跡を継いで、漆の仕事を始めることになったのですが、「父の技を受け継ごう」とか、「いつか父を乗り越えたい」などという思いが、最初にあったわけではありません。むしろ、漆をやり始めた未熟なぼくにとって、父の仕事は完璧に近いものであり、父は、ぼくが何年かかっても追いつけない、技術とセンスを持っているものと感じていました。でも、息子としては面と向かってそれを口に出すことはなく、むしろそう感じていたからこそ、父とは違う方向で作品を作ろうとしたのかもしれません。


    ぼくが美大へ入るため、初めて東京で独り暮らしを始めた時、アパートまで送ってきてくれた父は、部屋に一通の置き手紙をして、村上に帰っていきました。その手紙には、こんなことが書かれていました。


    「美術の学校に入って何をするのか、と今更のように思うかもしれないが、自分自身の心の目で『美しい』と感じることのできる感覚を少しでも養ってほしい。『花は美しい』とは誰もが言う。それがいつの間にか、自分の感覚のような気がして、何が美しいか自分では少しも感じないのに、そう言ってしまうことのないように。花のどこが美しいのか、自分の目と手で確実に感じとることで、初めてそこに美の発見があるのだ。」


    この父の言葉は、作品を作る上での、父の基本的な考え方でもあるとぼくは思います。父は「何となくそれらしきもの」という情緒的な曖昧さを嫌い、対象を自分で徹底的にスケッチすることで、自然の美を確実に自分のものとし、そこに新たな秩序を与えるのです。それは、先人が残した書の古典というものを徹底的に研究することから、自分独自の作品を生み出す書道の世界と、相通じる考え方かもしれません。ぼくは、この「リアリズム」(写実主義)とも呼べるような父の考え方に、強い影響を受けました。


    「工芸」と「書」という二つの分野で、ずっとわが道を歩んできた父。ぼくは漆だけで手いっぱいでしたが、その仕事を四十年続けた今となっても、父の存在は大きく、その言葉は重く響きます。この自然界にある数多くの美を、真摯な目で見つめ、そこから美の本質を紡ぎ出していく、というものづくりの姿勢において、ぼくが学ぶべきことは、まだまだ多くあるなあと、あらためて感じるこの頃です。

     

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