2012年村上大祭 上片町の屋台巡行ドキュメント

2012.07.10 Tuesday 22:24
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    祭り屋台(山車)を引いていた人々の列に、猛スピードの車が突っ込み、死者2名、重軽傷者6名(内ひとりはぼくの次男)を出すという、全国でも大きく報道された事故から1年。

    上片町(かみかたまち)は、町内行事の自粛、事故による混乱や精神的なショック、詰めかけたマスコミや、心ない部外者からのバッシングなどにさらされながら、過酷な苦しみや悲しみを乗り越えてきた1年だった。

    今年、屋台を出すことについても、さまざまな批判の声が聞こえては来たが、「いつも通りの楽しいお祭りに戻したい」という町内の人の切実な思いがあり、他町内からの温かな励ましの声にも支えられて、万全の安全対策をしつつ、祈るような気持ちで参加する、記念すべき祭となった。

    その屋台組立から巡行に至る一部始終を、ドキュメントとしてまとめてみた。7月6日午前8時から、翌7日のお昼までの記録である。


    ★6日午前 組み立て

    町内の児童公園脇にある屋台小屋から、屋台を引き出す。車は、1週間前の日曜に、すでに取り付けてある。

    屋台小屋から舗装された道路まで、100メートルくらいは土手の砂利道なので、漆塗りの車が傷まぬよう、ベニヤのコンパネを、何度も前に送りながら敷いて、その上を通行しなければならない。

    屋台の組立場所として借りている駐車場に、屋台を入れる。

    組み立て作業開始。

    4枚に分かれている屋根の取り付け。けっこうの重さだ。

    屋台を引く「手木」(てぎ)と呼ばれる部分には、わら束を荒縄で巻く。

    組立が終わったら、町内の地蔵堂に、乗せものである「天鈿女命」(アメノウズメノミコト)をお迎えに行き、お乗せする。

    最後に、屋台を引くロープを取り付ける。巻き方が複雑なので、みな1年たつと忘れてしまい、いつも数人で写真を見ながら、「ああでもない、こうでもない」とようやく巻く。


    ★6日午後、屋台巡行

    巡行に先立ち、事故のないようお祓いを受ける。今年は、去年の事故を踏まえて、羽黒神社の神主さんが、直々に来てくださった。

    ホラ貝を吹いての特別なお祓いの儀式。今年こそ無事に・・・みんなの顔も真剣だ。

    今年、楽師(がくし)試験を受けて合格した中学生には、区長さんから「免許皆伝」の腕章が授けられる。これがないと、屋台の楽屋に乗って、笛を吹くことが許されない。


    待ちに待った巡行開始。心配された雨も、なんとかきょうは大丈夫そう・・・。

    上片町のシンボルのひとつ「山辺里橋」(さべりばし)を渡る。

    今年はプロの警備員を前後に配置したが、進行係も今までになく緊張しながら、脇をすり抜ける車をさばく。

    町内のメイン通りにさしかかった屋台。

    ほとんどの屋台には、後ろからふり返ったときに見ることができる彫刻があり、これを「見送り」と呼んでいるが、上片町の見送りは「三階の松」。平成12年に、故 細野實氏が彫り、うちで漆を塗って作ったものだ。ちなみに、屋台の後に下げられた「御礼」の札は、毎年ぼくの父が書いている。

    鉦(かね)は小学校低学年、小太鼓は中学年から高学年、大太鼓は6年生が主に務める。

    ロープの先にも、可愛い子どもたちの姿が。

    手木を引くときに唄う盆唄(村上甚句)も、子どもたちにとっては憧れのひとつ。先輩たちの唄うのを聞きながら、自然と覚えていく。

    去年の事故で瀕死の重傷を負った男性も、孫を抱きながら屋台を見守る。

    この日の折り返し地点に到着して、休憩。

    他町内の人とも交じり合って、酒を飲み交わす。

    再び町内へと引き返す屋台。十分に酒が入って、手木を引く声も威勢がいい。

    子どもたちのお囃子の声も、ひときわ元気よく、街に響き渡る。

    この日の締めくくり。もうすぐ町内だ。


    ★7日午前 本祭り



    午前5時の出発。残念ながら、朝から本降りとなってしまった。

    小町坂を上がれば、先太鼓、荒馬に続き、全十九台の屋台が一直線に連なり、西奈彌(せなみ)羽黒神社へと向かう。

    羽黒神社の前は、屋台どうしがすれ違い、それぞれの鉦や笛太鼓、お囃子の声が混じり合って、すごい賑わい。


    羽黒町青年会館をお借りして、朝食と休憩。

    朝8時から、もうほろ酔い気分・・・。

    いよいよ御神輿の出発。十九台の屋台は、3体の御神輿に付き従って巡行する。

    一時的に雨が上がり、しっとりと濡れて色鮮やかな緑を背景に、朝の清々しい大気の中、屋台は進む。

    休憩時は、車座になっての語らいが楽しい。

    今年は、土曜日のためか、この日のために帰省できた人も多く、ロープを引く人は例年より多かった。

    お昼前、ほとんどの屋台が、村上で一番端の町内であるわが上片町まで来て、折り返す。豪華な彫刻と漆塗りの屋台がすれ違う様は、まさに圧巻だ。

    村上の屋台は、どれも伝統の彫刻と漆技法で作られた豪華な装飾に彩られている。

    国の伝統的工芸品に指定されている「村上堆朱(ついしゅ)」の原点は、この祭り屋台にある。まさに豪華絢爛そのもの。

    屋台の左右への揺れに合わせて、人々を見下ろしているようなこの見送りは、ため息が出るほど素晴らしい。

    町内が近づいてきた。それにしても上片町のロープは長いなあ。

    すれ違う他町内の屋台に負けまいと、ひときわ大きな声で盆唄を歌う手木衆。祭り気分は最高潮だ。

    残念ながら、この後、午後からは雨が更に強くなり、濡れ鼠になりながらの屋台引き廻しとなった。

    夕刻、肴町(さかなまち)に到着。夕食をとった後の提灯をつけての「帰り屋台」は、祭りのクライマックスと言えるが、一番遠い町内である上片町は、今回は時間的な制約があり、早く町内に辿り着くために、他の屋台を追い越し、いつもの年より1時間以上も早い、午後10時過ぎには町内に入り、11時には予定通り、無事に巡行を終えた。

    身体は疲れ切っていても、みんなの心は安堵と感動で満たされている。最後に、去年の事故が起きたと同時刻の8日午前1時すぎ、事故現場で黙祷をささげることで、全ての統括とした。

    8日の「新潟日報」に載った記事が、みんなの心情を簡潔に代弁してくれている。

    category:できごと | by:URUcomments(2)trackbacks(0)
    Comment
    毎年この時期になるとこの事故を思い出します。。。亡くなったM君は幼馴染でした。今年も安全に祭りが巡行されますように
    • haru
    • 2017/07/06 5:53 AM
    haruさん、そうですね。あの日のことは、いくら年月が経っても、忘れられません。楽しくお祭ができることが、どんなにかけがえのないことかをあの事故によって学びました。
    • URU
    • 2017/07/06 9:26 PM








       
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