小さな美のポケット 第29話「使って楽しむクラフト展」

2018.10.09 Tuesday 20:13
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    あれからもう四半世紀、25年も経ってしまったのだなあ・・・。


    うちの店の二階ギャラリーで開催した、初の企画展「心花めく器展」。清楚な山野草を、一流のクラフト作家が作った、センスあふれる一輪挿しに生けて展示するという、地方都市ならではのユニークな展覧会でした。


    連載エッセイ「小さな美のポケット」第29話は、そんなクラフト展のお話です。


    翌年は、身につけるアートとして、アクセサリーを捉えた「うつし身のアート展」、さらに家庭料理を盛って展示する「器の感食(かんしょく)展」やデザート・スイーツを盛り付けた「ほっと人囲器(ひといき)展」など、6回にわたって開催しました。


    生活を楽しむゆとり・・・それを失ってしまったような、昨今のせちがらい社会のなかで、はっと目をひくほどのクラフトも少なくなってしまったようで、とても淋しいですが、いろいろな作家との交流の中で培われた、器に対するデザインの眼・・・それだけは、今もぼくの中で確実に生きているようです。(*^_^*)

     

    **********(記事全文)************

     

    第二十九話「使って楽しむクラフト展」

     

    絵や彫刻のように、見て楽しむばかりでなく、工芸は「使う」という楽しみがあります。美術館で見る工芸作品の中には、鑑賞者が手に触れられないものがほとんどで、工芸の本質から言うと残念なことです。普段の生活の中で使われ、その魅力を発揮する「クラフト」と言われるものは、アートとデザインの二つの領域にまたがり、親しみやすく、より身近な工芸作品と言えるでしょう。


    一九九三年四月、弟夫婦も含めた家族みんなで話し合い、年に一度、店の二階のギャラリーで、独自のクラフト展を企画することにしました。


    最初は、「心花めく器展」と題した「山野草を生ける花器」がテーマ。でも、ただ単に花器だけを展示販売するだけでは面白くないので、その全作品に実際に花を生けて飾ることにしました。出品してもらう作家は独断で選び、面識のない作家にも大胆に企画書を送り出品を依頼すると、全国でも名の通った作家が多かったのですが、ほとんどの方がぼくらの趣旨に賛同し、出品を快諾してくれました。一方、生ける花の方は、山野草が大好きな母の友人たちが、庭に咲いた花を快く提供して下さり、普段見ることができないような珍しい花も多く集まりました。


    初日の朝、その一本一本を、それぞれの器に合わせて生けるのは、母の役目です。十日間の会期中、スポットライトの熱を浴びる花たちを管理するのもたいへんでしたが、連日多くの花好き、器好きな人たちで会場は大賑わい。家族は食事の時間もままならないほどでした。


    その後は毎年これを企画。例えばある年は、「器の感食展」と題し、地域の主婦たちの協力で、お皿や鉢などの器に、それに合う家庭料理をイメージして作ってもらい、実際に盛りつけて展示しました。そのほかデザートやお菓子を盛る器や、身につけるアートとしてのアクセサリーを特集したこともあります。


    器だけ見ると、あまりにシンプルで物足りなさを感じるようなものも、花を生けたり、料理を持ったりすると、がぜんその魅力を発揮します。この展覧会は、村上のような地方都市でなければできない企画で、ぼくらは地方で生活する者としての視点から、都会に集中しがちな質の高いデザインと、地域の自然に密着した生活文化を、独自なやり方で結ぶ試みをしたかったのでした。

     

     

    小さな美のポケット 第28話「心を捉えた一冊」

    2018.09.09 Sunday 16:20
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      村上新聞連載「小さな美のポケット」第28話です。
      今回のテーマは、「心を捉えた一冊」。


      小学校5年生の時に読んだ「平家物語」は、ぼくが読書好きになった原点と言える本。何度も何度も読みました。長野掌一さんによる訳文が、小学生にもわかりやすく感動を与えてくれます。


      その後、「源九郎義経」がぼくの中で、アイドル的な存在となりました。


      「九郎」と言われるからには、その上に8人兄がいたはずだ、と思い、いろいろ調べ、「義平」「朝長」「頼朝」「希義」「範頼」「全成」(今若)「義円」(乙若)まではわかったものの、最後の一人がどうしてもわからず、当時三之町にあった公民館の図書館でいろんな文献をあたり、ようやくもう一人の名前を見つけたとき、すごく嬉しかった思い出があります。


      こんなつまらないところにこだわるなんて、救いようがない馬鹿ですね。今度は「東八郎さん」の兄弟捜しでもしようかな。(^_-)-☆

       

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      第二十八話「心を捉えた一冊」

       

      「好きなことを仕事にできて、いいですねえ」と、よく言われます。たしかに「天職」とも言える漆の仕事は、たくさんの喜びや充実感を、ぼくにもたらしてくれます。けれど、根気を持続させ、気を張りつめて行う作業も多いため、やはり息抜きは必要です。


      その息抜きを与えてくれるひとつが「本」。ぼくは子どもの頃から、本を読むことがなにより好きでした。今でも、寝る前一時間の読書は、心が解放される貴重な時間です。一冊の本さえあれば、何時間でも退屈することはありません。


      それほどぼくが本好きになったきっかけは、小学校五年生だった年の冬、親に買ってもらった「平家物語」でした。少年少女向けに書かれた古典全集の中のこの一巻を、茶の間のこたつに入りながら、時の過ぎるのも忘れ、何度もむさぼるように読んだことを思い出します。


      平清盛の寵愛を受けた白拍子「妓王」(ぎおう)と「仏御前」(ほとけごぜん)の悲しい行く末、橋桁の上で源氏方の僧兵が大活躍する「宇治川合戦」、源義経の胸のすくような奇襲作戦「鵯越(ひよどりごえ)の逆落とし」、戦場に一幅の絵を見るような「扇の的」、いたいけな安徳天皇の入水など、これほど悲喜こもごものドラマが多く挿入された物語は、ほかにないのではないでしょうか。


      たまたま翌年、NHKの大河ドラマで「源義経」があり、当時の尾上菊之助さん(現在、尾上菊五郎さん)演じる義経が、兄頼朝に追われ、北陸路をさまよううち、ひとりふたりと、かけがえのない家来を失っていく件(くだり)は、本で読んでいたからこそ、なおいっそう胸に迫り、とても涙なしでは見られませんでした。


      その後、ぼくはすっかりこの本の虜(とりこ)になり、原文でも読みましたが、文章のリズムがとても心地よく、琵琶法師がせつない琵琶の調べに乗せて語り伝えた文学であることがよくわかります。「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」という有名な序文は、全文を覚え、何度諳(そら)んじたかわかりません。


      子どもの頃に出会う一冊の本は、やわらかな感受性に支えられ、伸びゆく自らの世界を、より広く、深いものにしてくれます。想像力を育み、言葉や文章に対する鋭敏な感覚を養ってくれる読書の楽しみは、漆の仕事とともに、天からぼくに与えられた、何よりの贈り物なのでした。

       

      小さな美のポケット 第27話「父のリアリズム」

      2018.08.06 Monday 20:28
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        先月は掲載がお休みだったので、2ヶ月ぶりとなった「小さな美のポケット」(村上新聞連載)。

        今回は、第27話「父のリアリズム」。

        「写実」を作品制作の信条とした父に、ぼくが何を教えられ、どんな影響を受けたかについて記しました。


        自分の息子に対しては、ぼくは何も伝えてあげていないのではないか・・・と、何となくうしろめたい思いでいっぱいです。

         

        ************* 本文全文 **************

         

        第二十七話「父のリアリズム」

         

        ぼくは、結果的に父の跡を継いで、漆の仕事を始めることになったのですが、「父の技を受け継ごう」とか、「いつか父を乗り越えたい」などという思いが、最初にあったわけではありません。むしろ、漆をやり始めた未熟なぼくにとって、父の仕事は完璧に近いものであり、父は、ぼくが何年かかっても追いつけない、技術とセンスを持っているものと感じていました。でも、息子としては面と向かってそれを口に出すことはなく、むしろそう感じていたからこそ、父とは違う方向で作品を作ろうとしたのかもしれません。


        ぼくが美大へ入るため、初めて東京で独り暮らしを始めた時、アパートまで送ってきてくれた父は、部屋に一通の置き手紙をして、村上に帰っていきました。その手紙には、こんなことが書かれていました。


        「美術の学校に入って何をするのか、と今更のように思うかもしれないが、自分自身の心の目で『美しい』と感じることのできる感覚を少しでも養ってほしい。『花は美しい』とは誰もが言う。それがいつの間にか、自分の感覚のような気がして、何が美しいか自分では少しも感じないのに、そう言ってしまうことのないように。花のどこが美しいのか、自分の目と手で確実に感じとることで、初めてそこに美の発見があるのだ。」


        この父の言葉は、作品を作る上での、父の基本的な考え方でもあるとぼくは思います。父は「何となくそれらしきもの」という情緒的な曖昧さを嫌い、対象を自分で徹底的にスケッチすることで、自然の美を確実に自分のものとし、そこに新たな秩序を与えるのです。それは、先人が残した書の古典というものを徹底的に研究することから、自分独自の作品を生み出す書道の世界と、相通じる考え方かもしれません。ぼくは、この「リアリズム」(写実主義)とも呼べるような父の考え方に、強い影響を受けました。


        「工芸」と「書」という二つの分野で、ずっとわが道を歩んできた父。ぼくは漆だけで手いっぱいでしたが、その仕事を四十年続けた今となっても、父の存在は大きく、その言葉は重く響きます。この自然界にある数多くの美を、真摯な目で見つめ、そこから美の本質を紡ぎ出していく、というものづくりの姿勢において、ぼくが学ぶべきことは、まだまだ多くあるなあと、あらためて感じるこの頃です。

         

        小さな美のポケット 第26話「思い出のクラフトショップ」

        2018.06.04 Monday 19:46
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          村上新聞連載エッセイ「小さな美のポケット」第26話。
          昨日、掲載となりました。今回のタイトルは「思い出のクラフトショップ」。


          柾谷小路沿い、三越の並びにあった「ワークアップ」というお店ですが、ご存じの方も多いのではないでしょうか。最近は、長坂さんご夫妻にお目にかかることもなくなってしまって、ちょっと淋しい・・・。良いものがたくさん揃っていたお店でした。


          ************* 本文全文 **************


          第二十六話「思い出のクラフトショップ」


          「新潟に、とても良いクラフトの店を見つけたよ。」
          弟がちょっぴり興奮して帰ってきたのは、ちょうど、うちの店の改築計画が進んでいた、昭和六十年七月のことでした。


          三越の少し先、柾谷小路沿いにさりげなくある、「ワークアップ」という名の小さなお店。その一階には、陶器、ガラスなどの器や、アクセサリー、雑貨、文房具など、デザインの良いものばかりが並び、二階には、シンプルな形、美しい色彩のヨーロッパ製の木の玩具が、たくさん置いてあります。


          以前から、こうしたお洒落なクラフトや雑貨の店が大好きだったぼくら兄弟は、東京の青山、原宿、代官山などを歩いては、お気に入りの店探しをすることを、無上の楽しみにしていました。なので「とうとう新潟にも、こんなにセンスの良い店ができたんだ」と、とても嬉しく感じたのです。


          ここの店長である長坂益一(ながさか・ますかず)さんは、すらりとした長身のシティーボーイ。奥様は目鼻立ちのはっきりした美人で、お話好きの気さくなご夫婦でした。ぼくらはすっかり意気投合し、それ以後も新潟に出る度にこの店に寄り、お気に入りのコーヒーカップや花器、またその頃まだ小さかった息子のために、木製の電車や線路、クマさんの形をしたシャボン玉などの玩具をよく買わせてもらい、弟は個展もさせてもらいました。


          同じ一杯のコーヒーでも、自分が心から愛着の持てる器で飲むと、その味がまるでちがいます。生活を楽しむゆとりやセンスを持つことは、ぼくらの心を潤してくれるのですね。建設中だったうちの店の二階にも、良質なクラフトの器を置くコーナーをつくることにしたのは、そんな心地よい暮らしを提案したいという願いがあったからでした。


          長坂さんは、やがて万代と古町に「PAO」(ぱお)という若い人向けのお店もつくられたのですが、残念ながらこの「ワークアップ」も「PAO」もは、現在はありません。なかなか景気の回復が実感できない中で、大消費地の東京においても、クラフトそのものが、危機的な状況にあるようです。


          けれども、悲しい災害や事件が多発する殺伐とした今の時代だからこそ、つくり手の温もりが伝わる、優れたデザインが求められ、美しいものに囲まれた、日常の穏やかな時間が必要なのではないかと、ぼくはそう感じています。

           

          小さな美のポケット 第25話「幸福な第一歩」

          2018.05.02 Wednesday 20:58
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            村上新聞連載エッセイ「小さな美のポケット」第25話が、一昨日の日曜日に掲載となりました。いつもは月初めの日曜なのですが、大型連休のためか、今回はひと足早くの掲載です。


            テーマは「幸福な第一歩」と題して、ぼくが本業の村上木彫り堆朱を始めた20歳のとき・・・原始時代のお話です。(笑)


            新聞は白黒のため、一応カラーの添付写真も載せておきますね。

            初めて、図案、彫り、塗りを自分ひとりで手がけた作品。
            「堆朱」と言っても、朱を使わず、「うるみ」という朱と黒を半々ずつ混ぜ合わせた色漆で仕上げた色紙箱です。


            この記事を読んだ父と妻の反応。
            父「おまえ、こんなの作ったんだっけ? 俺はマッタク覚えてない・・・」
            妻「あなたも昔はこんなの彫れたのね。知らなかった・・・」


            家族にも知られざるぼくの過去・・・思えば遠くまで来たもんだ。(^^ゞ

             

            *************(記事全文)*************

             

            第二十五話「幸福な第一歩」

             

            言うまでもなく「村上木彫り堆朱」は、すべてが手づくりです。木地を作り、図案をつけ、彫刻を施して、全部で十六とも十七とも言われる漆塗りの工程を経て完成します。完成までは、短いもので一ヶ月半、長いものは半年もかかります。この彫り、塗りの一つ一つの技を、完全に身につけるには、長い時間と多くの経験が必要だと言えるでしょう。


            ぼくがこの仕事を始めたのは、東京の美術短大から家に帰省していた夏休み、「どうだ、ちょっとやってみるか」と父に言われ、父がつけてくれた図案を小箱に彫ってみたのが最初でした。


            その頃、父の仕事場には、Aさんという女性の弟子がいました。二十代の頃から、うちに住み込みで弟子に入り、ぼくにとっては、小学生の頃から何かと世話をしてもらった姉のような存在でした。敬虔なクリスチャンで、茶道への造詣も深く、多くの本を読む勉強家で、父も彼女に教えられることが多くあったと言います。


            そのAさんが、ぼくの使う彫刻刀を研いでくれました。村上堆朱で使う彫刻刀は、上から見ると逆Vの字の形をし、左右に刃がついた「裏白」(うらじろ)という名の特別のものです。慣れないぼくは、無理に力を入れすぎて、その刃をすぐ折ってしまうので、彼女はその都度、何度も研ぎ直さなければなりませんでした。


            そんな苦労をかけながら、ぼくはようやく一通りの彫り方を覚え、大学を卒業してからは、塗りの方も少しずつ教えてもらうことになります。


            最初に手がけたのは、角丸(かどまる)の角盆と、足が「く」の地になっている花台でした。初心者には難しい品物ですが、父はあえてごまかしがきかないものを、ぼくのために選んでくれたようです。


            厚く漆を塗りすぎて、「縮み」というシワができたり、力任せに研ぎすぎて、せっかく中塗りまでやったのに、素地の木が表面に出てしまったりと、ひどい失敗をいくつもしました。生漆(きうるし)の桶の中に、木の粉をひっくり返してしまい、Aさんが大量の漆をすべて漉し直すはめにもなりました。


            そうして上塗り以外のほとんど全ての工程を、自分でやることにより、ひとつのものを美しく仕上げる苦労と、先人が工夫した技の数々を、身にしみて学ぶことができたのです。それが、父とAさんに導かれた、ぼくの幸福な第一歩なのでした。

             

             

             

            その頃、弟が撮ったと思われる、こんな写真も見つかりました。たぶん、初めての桐箱の箱書きだったのでしょう。(笑)

             

            小さな美のポケット第24話「町屋育ち」

            2018.04.02 Monday 19:38
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              「町屋のお人形さま巡り」も、明日でもう終わりですね。
              「小さな美のポケット」(村上新聞連載エッセイ)の第24話が、昨日掲載となりました。タイトルは「町屋育ち」。


              城下町村上の町屋に生まれ育った自分が、町屋の良さをほんとうに実感できるようになったのは、中年を過ぎてからでした。長い間かかって自分に擦り込まれた、空間の美意識・・・それはもう理屈ではありませんね。


              よく「ウナギの寝床」と言われますが、こういう家に住むことを心地良く感じるのは、ぼくの前世は、もしかすると「うなぎ」だったのかもしれません。

               

              ************(記事全文)**************

               

              第二十四話「町屋育ち」

               

              村上では毎年三月になると、町屋商人(あきんど)会の人たちの手により「町屋の人形さま巡り」が開かれます。西暦二千年に始められたこのイベントは、九月の「屏風まつり」と並んで、春や秋を彩る風物詩として、もうすっかり地域に定着したと言っていいでしょう。


              城下町村上には、歴史的な文化財として、武家屋敷も数棟残っていますが、街の中心街には、未だ、間口が狭く、奥行きの長い町屋が並び、昔からの庶民の暮らしを伝えています。ぼく自身もこうした町屋で育ったので、昔のままに使われている家にはいると、幼い頃の思い出がふっと蘇り、とても懐かしく感じます。


              表の戸や窓には、細かな格子がはめられ、玄関から裏口まで、まっすぐに土間が通っています。部屋はその土間の片側だけに並び、途中には必ず、光を取り入れるための中庭がある。また「茶の間」は、天窓のある屋根までの吹き抜けで、太い梁がむき出しのまま。真ん中には囲炉裏が切られ、自在鈎が吊されています。高いところに神棚、その下に仏壇が据えられ、幅の広い鴨居や、「箱階段」という収納を兼ねた階段には、漆が塗られ、見事な艶を見せているのです。


              しかし、こうした町屋の良さも、若い頃は全く理解できず、寒くて薄暗くて、部屋の間取りが自由にならない家の造りを恨めしく思っていました。毎日のように手伝わされた家の掃除も、長い土間に水を撒き、端から端まで箒で掃いていくのは、ひどくたいへんな作業だったのです。


              けれども年齢を重ねるうち、町屋の機能的な面がいろいろ見えてきました。夏には土間を涼風が吹き抜けます。また土間にある台所は、水や油がはねても平気。木が植えられ、石灯籠の配された中庭は、心の安らぎを与えてくれると同時に、冬は屋根の雪を下ろす場所にもなります。


              そして何よりも、どっしりした風格あるたたずまいが、何世代にも渡って連綿と続いてきた家の暮らしを伝え、地域の風土に即した住まい方を、ぼくらに教えてくれます。


              村上の伝統的工芸品である「木彫り堆朱」も、障子戸を通して中庭から入る、ほのかな光の中に置かれてこそ、その赤い漆が美しく浮かびあがるものなのではないでしょうか。


              町屋は、庶民の生活文化を育み慈しむ「お母さん」のような存在なのかもしれません。

               

              小さな美のポケット 第23話「国際美術展が来た!」

              2018.03.05 Monday 20:13
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                きのう掲載の村上新聞連載「小さな美のポケット]第23話は、もう30年も前のイベントを取りあげた「国際美術展が来た!」でした。
                この赤いバルーンのトレーラーに記憶がある方も、大勢いらっしゃると思います。


                超一流の現代美術作品、たった1日だけの美術展、そして4,500人もの入場者・・・それ以前も、それ以後も、こんな展覧会はありませんでした。


                このイベントを、たくさんの協力者とともに主催できたことは、今でもぼくの喜びです。\(^O^)/

                 

                以下、全文です。+++++++++++++++++++

                 

                第二十三話「国際美術展が来た!」

                 

                それは、今から三十年ほど前の一九八八年九月二十一日のこと。今の村上体育館が建つ前の旧体育館は、夜に入っても、驚くほどたくさんの人たちが、続々と詰めかけてきていました。


                この日、そこには、世界三十四カ国から集められた現代絵画の大作が、百五十四点も展示されていたのです。これだけ大規模な美術展が、たった一日だけ、しかも夜九時までも開かれるのは、全く異例のことでした。


                この作品を運んできたのは、屋根に巨大なバルーンがとりつけられた大型トレーラー。夜になるとその真っ赤なバルーンに明かりが灯されて明るく輝き、人々の目を引きつけます。ギャラリーに上がって、次々と訪れる人の波を見ていたぼくの胸には、この村上の人たちに、世界規模の良質な美術展を見てもらうことができたという喜びが、沸々と湧いてきたのでした。


                この美術展は、ユネスコを中心とした南アフリカの人種差別に反対する組織が、世界的に活躍している八十一人の現代美術家に呼びかけて実現し、世界中を巡回しているもので、「アパルトヘイト否!(ノン)国際美術展」という名前がつけられていました。


                これを村上で開くことになったきっかけは、その二ヶ月ほど前のある夕方、ぼくの家にかかってきた一本の電話でした。それは当時新潟市にあった、創庫美術館の代表、清水義晴さんからで、村上に国際美術展を巡回させませんか、との、びっくりするようなお話だったのです。


                ロバート・ラウシェンバーグ、アントニ・タピエス、ロイ・リキテンスタインなどという、世界一流の現代美術家の作品を、この村上の地に呼ぶことができる! 興奮したぼくは何としてもこれを実現させようと、早速、行政をはじめ、まちづくりや美術関係の人たちのところを回って協力を頼み、実行委員会を組織しました。


                何もかも異例のことなので、この美術展の開催に疑問や戸惑いも多くありましたが、幸いそれにまさる多くの人たちが応援してくださり、特に自らも絵を描かれる当時の教育長渋谷敏雄先生も、即断で会場設営の費用は市が持つことを約束してくれました。


                ぼくらは精力的にチケットを売り歩き、なんとか実現できたこの国際美術展は、一日だけで入場者数四千五百十二人という記録的な数字を生み、この町の人々の、文化に寄せる関心の高さを証明したのでした。

                 

                 

                小さな美のポケット 第22話「小さな店づくり」

                2018.02.05 Monday 21:25
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                  1月は連載がお休みだったので、2ヶ月ぶりの掲載です。


                  小さな美のポケット 第22話のテーマは、「小さな店づくり」。
                  1988年9月、村上市中央商店街の一角に、10人の若い仲間たちで、「オム・マーケット」という雑貨店を手づくりしました。


                  「村上のまちに、ささやかでも新しいデザインの灯を点すんだ」
                  ・・・今考えると、ずいぶん気負っていたものだなあ・・・と苦笑したくなりますが、あの頃のぼくらには、沸々と湧き立つような熱い想いが、いつも胸の中に渦巻いていたのです。


                  挑戦と挫折・・・その繰り返しの中で、さまざまな教訓を得、自分の世界を広げてこられたのは確かですが、未熟さを自覚しながら、それでも闇雲に走らずにはいられなかった、あの頃の自分の情熱が、妙にいとおしく感じられるのはなぜでしょうか・・・。


                  かといって、還暦過ぎてから妙な色気を出すと、手ひどい火傷を負いそうですが・・・。(^^ゞ

                   

                  ************(原稿全文)***************

                   

                  第二十二話「小さな店づくり」

                   

                  村上市の中央商店街。「カフェテラス・ブラウン」という喫茶店の隣に、九人の仲間たちと、ガラスのおもちゃ箱のような小さな雑貨店をつくったのは、今から二十九年前の九月のことでした。


                  店の名は「オム・マーケット」。歩道に面した側は全面ガラス張り、店内には石目模様のクロスが張られ、棚に並べられた商品は、カラフルな色のヨーロッパのおもちゃ、オリジナルプリントのTシャツやトレーナー、モダンなデザインの陶器や漆器、木のクラフトやアクセサリーなどでした。


                  また商品棚の下には、「情報ボックス」という引き出しがあり、お客様が自由にこれをあけて、お気に入りの店の情報を手にすることができるという、言わばインターネットが普及していなかった時代の、ホームページのローテク版のようなものもありました。


                  この店を作ることになったきっかけは、その数ヶ月前、一軒のログハウスを借り、「おもしろ大好き人間集まれ!」と題して開いた一夜のトーク集会です。これは、一般の人たちには難解だと思われがちの現代アートを、暮らしに潤いを与えるものとして、もっと身近に感じてもらおうと開いたセミナーのようなものでした。これをアートだけでなく、物のデザインにまで広げて、具体的、継続的に展開していこうと計画したのが、このささやかな店づくりだったのです。


                  といっても、ぼくらにはそれぞれ本業があり、まとまった資金などはありません。お互いに、少ない小遣いを出し合い、店のほとんどを手づくりしました。


                  ぼくらの唯一の強みは、十人のメンバーそれぞれが、建築、内装、グラフィック・デザイン、イラストレーションなど、プロの専門技術とデザインセンスを持っていたことです。その力を結集することで、小さいながらも、「村上にデザインの灯をともしたい」という熱い想いを形にしたのです。


                  残念ながら店は二年くらいしか続きませんでしたが、その間、ふだん接することの少ない若い人たちがたくさん訪れ、クリスマス・フェアなども開催して、少しは賑わいを創出することができたのでは、と思っています。ぼくは、このときの経験から多くを学びながら、その後も、自分の本業である漆の仕事を通して、「暮らしの中にもっと美を」という提案を発信し続けていくことになるのでした。

                   

                   

                  小さな美のポケット 第21話「作品の発想」

                  2017.12.03 Sunday 16:13
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                    師走最初の日曜日。村上新聞連載エッセイ「小さな美のポケット」の第21話が掲載されました。タイトルは「作品の発想」です。


                    ぼくの師匠である佐渡の高橋信一先生は、「作品づくりで一番大事なのが『発想』。作品の良し悪しは『発想』で決まる。」と常々言っておられました。


                    何を描くか、どういうふうに表現するか。それは、制作する者にとって、一番頭を悩ませることでもあります。また、作品を鑑賞する人にとっても、一番知りたいことではないでしょうか。


                    そんなことを、ぼくが大好きな「須田寿(すだひさし)さん」の絵を紹介して、ちょっとだけ書いてみました。記事はモノクロのため、カラーの画像をいっしょにアップしておきますね。

                     

                    ************(原稿全文)***************

                     

                    第二十一話「作品の発想」

                     

                    ぼくが今まで発表した平面作品の多くは、何を描いたのかよくわからない、抽象的なものでした。展覧会場で一般の人から、「いったい何を表現したのですか」「どこからこの発想が生まれたのでしょう?」と聞かれることが頻繁にあります。


                    「花」とか「鳥」とか、何となくでも、描いたものがわかると安心するようなのですが、ぼくの作品のように、花とも鳥とも見えぬものは、それを見る人にとっては、どうも居心地が悪く、落ち着かない気分になるようです。


                    作品の発想は、その人それぞれです。何か具体的なものをスケッチして、そこから作品を紡ぎ出す人もいれば、ぱっとひらめくインスピレーションによって制作する人もいるでしょう。また、何枚も下絵を描き直して、ひとつの作品を作り上げるタイプの人や、いっさい下絵を描かずにいきなり生の素材と向き合う人など、千差万別です。


                    ぼくの場合は、事前に、「こんな感じにしたい」という、色とか形とかを総合したひとつのイメージがあって、それに従って簡単に下絵を描くことがほとんどです。あとは、素材が漆ですから、タンポで叩いたり、彫ったり、研ぎ出したりという作業を通して、自然に現れてくる効果を生かすようにしています。何か具体的なものを表現するよりも、漆という素材を用いて、独特の雰囲気を持った、ひとつの世界をつくりたいという思いが強いのかもしれません。


                    ぼくは、須田寿(ひさし)さんという油彩画家の絵が、ことのほか好きです。画面に描いたというより、画面の奥深くから浮かび上がってくるような須田さんの風景を見ていると、そのシンプルな構成や、暖かな色彩、豊かなマチエールにうっとりと陶酔してしまいます。そして「絵」というものは、見えるものを描くのではなく、見えるものを通して、「見えない世界」を描くものなのではないだろうか、と思えてくるのです。


                    ちょうど、いろいろな音を組み合わせて美しい旋律をつくる音楽のように、点や線、形、色、肌合いなどを通して、心の印画紙に焼き付けられるような、奥深く美しい空間を創造したい。じっと見ていると、何かほんのりと温かなものが心の中に芽生えてくる、そんな豊かなイメージの世界をつくりたい。ぼくはそう願いながら、いつも未熟な頭を悩ませているのです。

                     

                     

                     

                     

                     

                    小さな美のポケット 第20話「みんなで した ぎゃらりー」

                    2017.11.05 Sunday 21:02
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                      市展も無事3日間の会期を終え、きょう終了しました。ご覧下さったみなさん、ありがとうございました。


                      さて、きょうは月初めの日曜なので、村上新聞に連載中のエッセイ「小さな美のポケット」第20話が掲載されました。今回のタイトルは「みんなで した ぎゃらりー」です。


                      村上の中心部から、旧瀬波町へ行く途中に通る「瀬波街道跨線橋」。その地下歩道に陶画を飾る目的で、その原画づくりのため、20年ほど前に行った「布絵わーくしょっぷ」について書きました。


                      このプロジェクトの実行部隊は、弟の聡をはじめ、上山遒気鵝∀妥聴賣匹気鵝∋馨紊△鼎気気鵝更科五月さん(現姓:大島)、川瀬詠子さん(現姓:久保田)と布絵指導の竹越アイさんという、ぼくを含めて8名の、まだ若きそうそうたるメンバーでした。


                      100人を超える参加者の方々が、夏休み中の4日間にわたって、大汗をかきながらつくりあげた20枚の布絵は、そっくりそのまま陶壁画に置き換えられ、現在も地下歩道を通る人たちの目を楽しませています。

                       

                      ************(原稿全文)***************


                      第二十話「みんなで した ぎゃらりー」

                       

                      それは、今から二十一年前、平成九年夏休みのこと。うだるような暑さの中、瀬波体育館の床に、巨大なカルタのように並べられた二十枚のベニヤ板を囲んで、大勢の親子連れが、楽しそうに布きれを貼り付けています。


                      「布絵わーくしょっぷ」と名づけられたこの集まりは、村上市中心部から瀬波町へと向かう途中にあった踏切を、立体化するため建設することになった跨線橋の歩行者用地下通路に、壁画を設置する計画の一環として、市民の手による原画作りを目的に開かれたものでした。


                      自転車と歩行者が通る地下道を、少しでも明るくし、治安を良くしようと考えた行政側は、当初、名のある画家にその原画制作を依頼する予定でした。


                      けれどその相談を受けた弟とぼくは、「実際にこの地下歩道を利用するのは、地域の住民や近くの学校に通う子どもたちだから、その人たちに原画を描いてもらおう。それには、年齢に関係なく、誰でもが参加できる「布絵」が最適ではないだろうか。」そう考えて、五人の仲間たちとともに行政を説得して、このワークショップを企画し、参加を募ったのです。その結果、ぼくらの呼びかけに応じて集まってくれたのは、三歳から七十歳までの、総勢百四人の方たちでした。


                      七月と八月の日曜日、計四回に分けて行われたワークショップでは、まずみんなで現場である施工途中の地下歩道まで歩き、全員で手をつないでこの歩道の長さを実感し、これからつくる自分たちの絵が、実際にどんなふうに設置されるかを見ました。様々なレクリェーション・ゲームや布による似顔絵づくりで、お互い親しくなった後、グループに分かれ、「空」「風」「光」「声」「彩り」の五つのキーワードの中から好きなテーマを選びます。そしてそのテーマに沿って板に下絵を描き、いろんな柄の布を、どんどん貼り付けていくのでした。


                      最後の日、全員汗だくになりながらも、二十枚の実物大の布絵が完成。数ヶ月後、この絵を基にした陶壁画が、現場に設置されました。コンクリートの殺風景な地下歩道は、この夢あふれる壁画によって明るく彩られ、今でもここを通る人の心を温めてくれています。


                      ちなみに、この壁画の名前は、「せんろした あーとした みんなでした ぎゃらりー」と名づけられたのでした。

                       

                       

                       

                       

                       


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