紫雲寺町を歩く

2017.04.23 Sunday 15:28
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    総会やら歓迎会やらが続き、あわただしかった一週間の週末に、ほっとひと息つけるような美しい風景に出会えた。
    紫雲寺町・・・現在は新発田市の一部なのだが、ぼくにはやはりこう呼んだ方がしっくりくる。


    NPO法人まちづくり学校が主催する「ブラニイガタ2017イン紫雲寺」に参加。
    風は少し冷たいが、春のうららかな陽差しが降り注ぐ、絶好の一日。百花繚乱、色とりどりの花々と、雪をいただいた遠くの山並みが、青空に映えて美しい。


    江戸時代まで大きな潟があり、川の氾濫にさんざん悩まされたこの地区。信州から来た竹前権兵衛・小八郎という兄弟が、私財を投げ打ち、数々の苦労を乗り越えてこの地を切り開いたという「紫雲寺潟干拓物語」が残されている。


    ぼくにとっては25年ほど前、その干拓物語を30基のモニュメントとして、町のあちこちに設置するプロジェクトがあって、それに参加させてもらった思い出の地だ。その時の町長さんである鬼嶋正之さんをはじめ、4人の方々にご案内いただく。


    ひろびろとした砂地の農地。どこまでも真っ直ぐな道。ところどころに昔の面影を偲ぶことのできる農家の建物と、そこで働く人々の姿。日本の暮らしの原点を見る思いがして、心がほんのりと温まっていくのは、春の陽差しのせいばかりではないようだった・・・。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

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    最近の読書から 〜黒川博行「国境」

    2017.04.12 Wednesday 20:16
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      「国境」よね。これ、おもしろいわよ〜!


      ぼくが手にした一冊を見て、かみさんが太鼓判を押した。ぼくよりはるかに冊数を読んでいる、読書好きの彼女が言うのだから、間違いなかろう。


      そう思いつつ読み進めると、まさに、これぞ黒川博行の極めつけの傑作だった。ハードボイルドの世界にぐいぐい引き込まれる。
      イケイケ極道の桑原と、建設コンサルタントの二宮という「疫病神」コンビが、詐欺師を追って北朝鮮に潜入する。ハラハラドキドキの展開だ。


      日本にいては考えも及ばないような、北朝鮮の実態がリアリティーたっぷりに描かれる。常にぴりぴりと神経を張りつめていなくてはいけない国・・・。


      しかしそんな中、彼ら二人の、関西弁による軽妙な掛け合いが、漫才よりもおもしろく、心を和ませる。これがとても魅力。


      かなりアクの強い世界が描かれるので、向き不向きはあるだろうけれど、読んでけっして損はしない一冊だと思う。

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      座卓修理工程 最終回 上摺り込み

      2017.04.11 Tuesday 20:09
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        堆朱座卓の修理が、ようやく完了!


        父に毛彫りをしてもらい、松煙を入れた生漆を刷毛で全体に摺り込んで、ボロきれで拭き取る。これで艶が出て、唐草模様が浮き立ち、いかにも堆朱らしくなりました。約3ヶ月を要したことになります。


        長らく9回の投稿におつきあいいただいたみなさん、ありがとうございました。<(_ _)>

        ぼくにとっても良い経験となりました。


        直しながら末長く使えるところが、漆器の良さ。ぼくの劣化した頭も、漆を摺り込めば、ちょっとは光るでしょうか・・・いいえ、この艶は、単に毛が薄くなっただけのようです。(>_<)ゞ

         

         

         

         

         

         

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        座卓修理工程 その8 炭研ぎ・胴摺り

        2017.04.04 Tuesday 19:51
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          座卓の修理も、仕上げの段階に入りました。
          上塗り後、十分乾かした朱漆の表面を、駿河炭(油桐の木炭)で研ぎ、表面を平滑にします。炭は、常に砥石に当てて直し、研ぎ面を平らにしておかなくてはいけません。
           

           

          大きな炭を使うと、早く研げるのですが、研ぎ破って中塗りや下地が出たりするので、小さな炭で少しずつ作業を進めます。炭で漆の表面を傷つけないように、炭は角を落とし、軽く持って円を描くように・・・。


          最初は、刷毛目に対して垂直に炭を動かし、ある程度研げたら、今度は刷毛目に平行に研いで行きます。炭が当たったところは艶が消えるのですぐわかります。炭の当たらないところがないように、根気よく少しずつ。

           


          脚や裏も同じように研いだら、今度は胴摺りです。


          広い面は「バフレパッド」という、胴摺り専用のシートをスポンジに貼って、お湯をつけながらこすり、炭研ぎの跡を消して、表面を整えていきます。脚の方は、毛糸に水で湿した砥の粉をつけてこすり、艶を消します。

           


          最後に、彫りの中に入った砥の粉や泥を、やわらかなブラシで掻き出して、きれいな布でよく拭きます。表面に、ほんのり艶が出てきたのが、最後の写真でおわかりになるでしょうか。

           

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          小さな美のポケット 第13話「祖母」

          2017.04.02 Sunday 19:50
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            毎月第1日曜日の村上新聞連載随筆「小さな美のポケット」第13話です。今回は、ぼくの「祖母」の話。


            ぼくが小学4年生のとき、上顎癌(じょうがくガン)で亡くなったのですが、その時の様子を書きました。ちょうど新潟地震があったその月のことです。


            写真は、生まれて間もないぼくを抱いた祖母と、祖父、父、母、叔母(父の妹)。ぼくの人格の半分は、この祖母から授かったものだと思っています。


            不覚にも、原稿を書きながら、涙がこぼれてしまいました・・・。

             

            ************(原稿全文)***************

            第十三話「祖母」

             

            ぼくが学校から帰ると、祖母はいつも、少し薄暗い六畳の座敷に寝たままで、「おかえり」とにっこり迎えてくれました。「上あごの癌(がん)」という重い病気にかかり、新潟の病院でコバルトによる放射線治療を受けたのですが、治る見込みがなく、自宅で寝たきりになっていたのです。


            何の前触れもなく、突然こんな病気にかかり、おまけにコバルト照射による副作用で、頭痛はひどく、常に口の中は荒れ放題。頬の肉がただれ落ち、白いお粥を真っ赤な血で染めることさえあったという話を、後に母から聞きました。


            ぼくが覚えているのは、そんな苦しい表情など少しも見せず、いつもにこやかにほほえんでいる姿です。孫のぼくを誰よりも可愛がってくれ、「豊」という名前は、祖母がつけてくれたということでした。


            人一倍短気でわがままだった夫である祖父を、上手に扱い、「喧嘩は、ひとりではできないのだから」と、決して人と争うようなことをしなかった祖母は、想像を絶する痛みにも、ひとりでじっと耐えていたのでしょう。


            昭和三十九年六月。新潟を襲ったあの大地震の前に、大量出血をして目がほとんど見えなくなったらしく、激痛のため、地震のときには、すでに意識を失っていたようでした。そしてその月の二十九日未明、とうとう息を引き取ったのです。


            その日の朝、家族や親戚の人たちが、葬式の準備で家の中を忙しそうに動き回るのと対照的に、ぴくりとも動くことのないひとつの小さなからだが、ぼくにはどうしてもあの祖母のものとは思えぬほど違和感があったのを、今も覚えています。しかし、納棺する前の身体を清める際に見つけた、異様なほど大きな背中の床ずれは、まぎれもなく、長く病気の痛みに耐えてきた祖母の、生きた軌跡を示していました。


            「この病気は、お父さんであっても、お母さんであってもたいへんだった。(かかったのが)私で良かった・・・」母にいつもそう言っていたという祖母。家族に対するあふれるばかりの愛情と、強い精神力の持ち主だった祖母のこの言葉は、今でも驚きと尊敬の念をもって、ぼくの心に刻みつけられています。

             


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